大判例

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東京地方裁判所 昭和53年(ワ)4299号 判決 1980年1月28日

原告

株式会社正光社

右代表者

中沢三代次

右訴訟代理人

橋本順

外四名

被告

株式会社東京都民銀行

右代表者

村上素男

右訴訟代理人

菅谷瑞人

主文

1  原告の請求をいずれも棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  原告

1  被告は原告に対し、金二五〇万円及びこれに対する昭和五三年五月一二日から支払済まで年六分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

との判決及び仮執行の宣言

二  被告

主文と同旨の判決

第二  当事者の主張

一  請求の原因

(主位的請求)

1 訴外大富鋼鉄株式会社(以上「大富鋼鉄」という。)は、大富鋼鉄が振出した別紙目録の約束手形の不渡による取引停止処分を免れるため、昭和五二年一一月ころ手形交換所に不渡届に対する異議の申立をすることを被告に対し委託し、その際社団法人東京銀行協会(手形交換所)に提供する金員として金二五〇万円を被告に預託した。

2 原告は、昭和五二年一一月一一日大富鋼鉄に対する別紙目録の約束手形金債権の執行を保全するため、大富鋼鉄を債務者、被告を第三債務者として、大富鋼鉄が被告に対して有する前記1の預託金の返還請求権(以下「本件預託金返還請求権」という。)を仮に差押うべき債権として東京地方裁判所に仮差押命令を申請(昭和五二年(ヨ)第八三七一号)したところ、同裁判所は昭和五二年一一月一四日仮差押決定をし、右決定は同月一一月一五日被告に送達された。

3 原告は、大富鋼鉄を相手取り、東京地方裁判所に別紙目録記載の約束手形金の支払を求める訴えを提起し、右手形金請求を認容した同裁判所昭和五二年(手ワ)第三七〇八号約束手形金請求事件の判決の執行力ある正本に基づき、大富鋼鉄を債務者、被告を第三債務者として本件預託金返還請求権を差押うべき債権として東京地方裁判所に債権差押及び取立命令の申請(昭和五三年(ル)第一五九四号)をしたところ、同裁判所昭和五三年四月一二日債権差押及び取立命令を発し、右各命令は同月一三日大富鋼鉄及び被告に送達された。

4 よつて、原告は被告に対し、主位的請求として右預託金二五〇万円及びこれに対する訴状送達の翌日である昭和五三年五月一二日から支払済まで商事法定利率六分の割合による遅延損害金の支払を求める。

(予備的請求)

仮に、主位的請求が認められないとすれば、

5 原告は、東京地方裁判所に前記2の債権仮差押命令の申請をした際、民事訴訟法六〇九条一項の規定により、仮に差押うべき債権について認諾の有無及び支払をする意思の有無等について第三債務者である被告に陳述を求める旨の申立をしたところ、同裁判所は右陳述命令を発し、この命令は被告に送達された。

6 被告は、後記抗弁3のとおり大富鋼鉄が仮差押の申請を受けたことにより、大富鋼鉄に対し金三六二万二八九〇円の手形買戻債権を取得し、被仮差押債権たる本件預託金返還請求権と相殺予定の反対債権を有したのであるから、このような場合には、右5の陳述命令に対し、右預託金返還請求権については、相殺予定の反対債権があるので支払えない旨又は少くとも相殺を予定している旨の陳述をすべき義務があるものというべきである。

しかるに、被告は右陳述命令に対し、昭和五二年一一月一八日被仮差押債権である本件預託金返還請求権二五〇万円の存在することを認め、かつ、その支払の意思がある旨を記載した陳述書(以下「本件陳述書」という。)を裁判所に提出した。

したがつて、被告の本件陳述書の提出は、不完全な陳述というべきであるから、民事訴訟法六〇九条二項にいう「第三債務者陳述ヲ怠リタルトキ」にあたるものと解すべきである。

7 原告は、大富鋼鉄に対し別紙目録記載の約束手形金二五〇万円の債権を有し、かつ、前記3のとおり大富鋼鉄を債務者、被告を第三債務者として債権差押及び取立命令を得たものであるところ、被告が前記6のとおり本件陳述書を提出したため、原告は右二五〇万円の支払を受けられるものと信じた。原告は、右一一月一八日当時右仮差押をした以外にも、大富鋼鉄が訴外城南信用金庫(品川支店)に対する預託金返還請求権金三七五万円及び相当額の預金債権をはじめ、大富鋼鉄の有体動産や他の債権について仮差押手続をとり得たが、原告の本件陳述書を信じて、その手続をとらなかつた。

ところが、被告は、本件預託金返還請求権二五〇万円の債権を後記抗弁3のとおり相殺によつて消滅させ、かつ、大富鋼鉄は昭和五二年一二月五日事実上倒産したので、原告の大富鋼鉄に対する本件約束手形金二五〇万円の回収は不能となり、原告はこれと同額の損害を被つた。

8 被告は、前記5の陳述命令の送達を受けた当時、前記6のとおり手形買戻債権を被告が取得し、相殺予定の反対債権を有することを知り得たのであるから、本件陳述書を提出したことについては、被告に過失があるものというべきである。

9 よつて、原告は被告に対し、予備的請求として、民事訴訟法六〇九条二項の規定により損害賠償金二五〇万円及びこれに対する訴状送達の日の翌日である昭和五三年五月一二日から支払済まで商事法定利率年六分の割合による遅延損害金の支払を求める。<以下、事実省略>

理由

一主位的請求について

1  請求の原因1ないし3の事実は当事者間に争いがない。

2  そこで、相殺の抗弁について判断する。

<証拠>を総合すると、抗弁1ないし3の事実(ただし、相殺の意思表示の点は当事者間に争いがない。)を認めることができ、この認定に反する証拠はない。

してみると、本件預託金返還請求権金二五〇万円の債権は、相殺適状を生じた時である昭和五二年一一月中に遡つて消滅したものであるから被告の右抗弁は理由がある。

3  したがつて、原告の主位的請求は理由がないから棄却を免れない。

二予備的請求について

1  原告が請求の原因2の債権仮差押命令の申請をした際、民事訴訟法六〇九条一項の規定により仮に差押うべき債権について認諾の有無及びその支払をする意思の有無等について第三債務者である被告に陳述を求める旨の申立をしたところ、東京地方裁判所は右陳述命令を発し、この命令が被告に送達されたこと、被告が右陳述命令に対し昭和五二年一一月一八日被仮差押債権の存在することを認め、かつ、その支払の意思がある旨を記載した本件陳述書を提出したことは当事者間に争いがない。

2  そこで、被告の本件陳述書の提出が民事訴訟法第六〇九条二項にいう「第三債務者陳述ヲ怠リタルトキ」にあたるか否かについて判断する。

(一) まず、右にいう「陳述ヲ怠リタルトキ」とは、故意又は過失により全く陳述をしなかつた場合だけでなく、真実に反する陳述ないし不完全な陳述をした場合をいうものと解すべきである。そして、第三債務者が被差押債権についてこれと相殺し得る反対債権を有し、かつ、反対債権をもつて他日相殺することが具体的に確定ないし予定されている場合であれば、第三債務者は被差押債権については反対債権があり相殺するので支払の意思がない旨の陳述をすべき義務があるから、このような場合、単に被差押債権を支払う意思がある旨の陳述をすることは不完全な陳述にあたるというべきである。

けれども、これと異なり、第三債務者が相殺に供しうる反対債権を有するが、いまだ具体的に相殺の予定がない場合であれば、単に被差押債権を支払う意思がある旨を陳述し、反対債権の存在について説明しなかつたとしても、それは不完全な陳述にはあたらないものと解すべきである。

以下この見地に立つて被告が本件陳述書を提出したときの事情について検討する。

(二) まず、被告が大富鋼鉄との間で抗弁1のような銀行取引契約を締結し、大富鋼鉄が仮差押の申請を受けたときは、大富鋼鉄が被告から割引を受けた手形について買戻債務を負うことを約したこと、被告は大富鋼鉄に対し抗弁2の約束手形を割り引いたこと、大富鋼鉄は昭和五二年一一月仮差押の申請を受けたので、約定により被告に対し右約束手形を買戻すべき債務を負うに至つたこと、以上の事実は前記一の1及び2において認定したとおりである。

次に、<証拠>によると、大富鋼鉄は被告が本件陳述書を提出した昭和五二年一一月一八日当時、平常どおりの営業を続けていたが、その後同月三〇日に第一回目の不渡手形を出し、さらに同年一二月五日に至り銀行取引停止処分を受けて事実上倒産したこと、被告は本件陳述書を提出した当時にあつては、大富鋼鉄が本件仮差押の申請を受けたことにより大富鋼鉄に対し手形買戻債権を有するに至つたが、大富鋼鉄は平常どおり営業を続けていたので、この債権をもつて、本件の被仮差押債権と相殺するということは考えていなかつたこと、被告が右相殺をすることになつたのは、大富鋼鉄が倒産した後である同年一二月終りごろであつたこと、以上の事実を認めることができ、この認定に反する証拠はない。

原告は、「被告は本件陳述書を提出した当時、手形買戻債権をもつて本件被仮差押債権と相殺する予定であつたものである。」旨を主張するが、前段認定の事実からこれを推認することはできないし、他に原告主張の右事実を認めるに足りる証拠はない。

(三) してみると、被告の本件陳述書の提出について、これが不完全な陳述であるとすることはできないから、民事訴訟法六〇九条二項にいう「第三債務者陳述ヲ怠リタルトキ」にあたるとすることはできない。

3  以上の次第で、原告の予備的請求も、その余の点について判断するまでもなく理由がないから、棄却を免れない。

三よつて、訴訟費用の負担について民事訴訟法八九条を適用して主文のとおり判決する。

(菅原晴郎)

目録<省略>

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